仏乗る 櫛田の紫雲 せせらぎは 先祖を偲ぶ 報恩の聲

近年宗教の問題を多く耳にします。

しかし仏教とは二五〇〇年前から何も変わらず

人生とはありがとうを集める旅である

これはお釈迦さまや、三蔵などたくさんの先人が実践し、また我々の先祖や大切な故人がその旅を完遂してきました。

「亡くなった大切な人の幸せを願う」

「残された我々も一日でも生きて幸せに過ごす」

この思いと教えが今でも続いているのである。

だからこそ

誰が見てても見てなくても    一生懸命
全力で念仏して、

全力で祈祷して、
全力で泣いて笑って
そんなお寺です

浄土寺だより

ごあいさつ

浄土寺のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。

永代供養の責任はとても重いものであり、後代に続く住職は、お寺の伽藍を守り続け、ただひたすら真面目に供養を続ける気持ちも又、永代に守り続けることが大切であります。

「誰が見ていても見ていなくても、 全力で手を合わせ、念仏する」

比叡から続く朝夕の法華経、念仏を供え続ける事が安息する霊位に応えることとして手を合わせます。        合掌 

浄土寺永代供養パンフレット ⇒ こちら

多気 永代 多気町 永代供養